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甲府地方裁判所 昭和31年(行モ)1号 決定

申請人 小林清造 外一名

被申請人 六郷町長

主文

本件申請を却下する。

理由

申請人両名は「被申請人が昭和三十一年三月八日告示第十六号を以て申請人両名に対してなした山梨県西八代郡六郷町選挙管理委員会委員の免職処分の執行を停止し申請人両名をして右選挙管理委員会委員の職務を続行せしめる」旨の裁判を求め、その申請の理由として、申請人両名は右選挙管理委員会の委員にして申請人小林清造はその委員長、申請人齊藤道哉はその副委員長であるが、被申請人は昭和三十一年三月八日告示第十六号を以て申請人両名に対し地方自治法施行規程第四十九条第五十条により前記選挙管理委員たる職務を免ずる旨の処分をした。しかし右免職処分は次の理由により違法である。即ち当時前記選挙管理委員会は六郷町選挙民の過半数より提出された同町町長である被申請人に対する解職請求につき請求者の署名審査をなしつつあつたが、同年三月七日六郷町急施議会が招集され六郷町吏員懲戒審査委員会設置の件及び同委員会条例制定の件等の議案審議のため同議会は開会された。ところが開会と同時に反町長派の議員より右急施議会は町長派の議員が町長の解職投票の実施が確実視せられるに至つた状況を危惧し申請人両名を免職せしめることによつて町長派に属する他の選挙管理委員及び同補充委員をして執務せしめ以て前記解職請求者の署名審査の事務を遅延させ、ひいては右解職請求手続を無効ならしめんとの意図により招集されたものであつて議案自体何ら緊急を要するものでないとの動議が上提されるや、議場は騒然となり整理が困難な状態に陥つたので議長は地方自治法第百二十九条第二項に則り前記議会の閉会を宣言した。しかるに町長派に属する議員は右議会閉会後地方自治法第百十四条に所謂議員の請求があつた場合であるとして会議を続行し、前記議案等を議決した。而して被申請人は右議会における決議に基き設置された六郷町吏員懲戒審査委員会に諮り申請人両名に対し地方自治法施行規程第四十九条、第三十四条に該当するものとして同月八日前記の如き免職処分に及んだものである。しかしながら前記急施議会は議長の閉会宣言により適法に閉会となつたものであるからその後において、たとえ議員定数の半数以上の議員より請求があつたとしても地方自治法第百十四条第一項に謂う請求には該らないから議事を続行し得ないこと明らかである従つて右議会においてなされた六郷町吏員懲戒審査委員会設置の決議は違法であるから右決議に基いて設置された懲戒審査委員会に諮問してなされた申請人等に対する免職処分も亦違法であつて取消を免れない。そこで、申請人両名は以上同旨の理由に基き昭和三十一年三月九日右免職処分の取消訴訟を提起し該訴訟は甲府地方裁判所昭和三十一年(行)第四号行政処分取消請求事件として同裁判所に係属した。けれども被申請人は目下町長の解職請求を受けているため、その手続を殊更に遷延せしめんと画策し申請人両名を除く選挙管理委員一名及び同補充委員等も亦町長の態度に同調する嫌があるので、かくては町長の解職請求手続は徒らに遅延され選挙管理委員会の事務も適正を欠き委員会の運営は頓坐して前記解職請求手続は無効となり償うべからざる損害を生ずる虞が大であつて、しかも緊急性が存するから申請の趣旨記載の裁判を求めると謂うのである。

よつて考えてみるに、申請人両名がその主張のような免職処分を受けた事実は申請人提出の写真(六郷町掲示板告示の状況を撮影したもの)により疎明されるところであるが、行政事件訴訟特例法第十条は行政処分は抗告訴訟の提起によつてはその執行を停止せられないことを原則とするのであるがかくてはその処分により不利益を受けたものが後日本案訴訟において勝訴するも回復し難い損害を生ずる場合のあることを慮りこれが救済のため設けられたものであるから同条第二項に謂う「処分の執行により生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある場合」とは当該行政処分の執行によりその対象とせられた者に個人的な損害を生じその損害が経済的に回復することが困難であつてしかもその損害を避けるため緊急を要する場合をいうものと解すべきところ、申請人両名にかかる事情の存することについてはその主張及び疎明が全く存しない。のみならず本件申請の理由はもつぱら申請人等が選挙管理委員として執務しなければ前記解職請求手続の適正な運営を期待できないと謂うのであるけれども申請人両名を除く選挙管理委員及び補充委員と雖も町長解職請求手続については地方自治法の規定に則り忠実にその職務を執行しなければならないことは当然のことであつて、仮りに同人等において右職務執行につき適正を欠く点が生じたとすればそれを是正し排除する法律上の方途も存することであるから右理由を以て直ちに申請人両名に対する免職処分の執行が申請人等に対して償うことのできない損害を生じ且つその執行を停止する緊急の必要がある場合に該当するものとは認め難い。それならば本件申請はこの点において行政事件訴訟特例法第十条第二項所定の要件を欠き失当であるから理由がないものとして却下すべきものとする。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 杉山孝 野口仲治 鳥居光子)

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